本棚から
自らの望むことを成すために生きる道は険しい。
望みにもよるが、何十年も続けてようやく叶うことも多い。
希望の火が消えそうになることもあろう。
その時に支えとなる言葉が、師となり友となって、私を励ましてくれる。
そして、また頭をもたげて歩きだせばよいのだ。
雲に梯子をかけることはできるだろうか .
信じるとか信じないとかいう問題ではない。 志の問題だ。志とは、ある意味、雲に
梯子をかけるにひとしい。とてもできるはずがないと他人に哂われてこそ、ほんとう
の志だ。 それならあなたにできる、励みなさい、といわれる志は低く、まあ目的と
いいかえたほうがよい。 .
「呉漢」 宮城谷昌光
「人間には勇気はあるけど辛抱が足らんというやつがいる。希望だけで勇気のない
やつがおる。勇気も希望も誰にも負けんくらい持っているくせに、すぐにあきら
めてしまうやつもおる。辛抱ばっかりで人生何にも挑戦せんままに終わってしま
うやつも多い。勇気、希望、忍耐。この三つを抱きつづけたやつだけが、自分の
山を登りきりよる。どれかひとつが欠けても事は成就せんぞ。この三つを兼ね備
えてる人間ほど怖いやつはおらん。こういう人間は、たとえ乞食に成り果てても、
病気で死にかけても、必ず這いあがってきよる。」 .
「春の夢」 宮本輝
「秦が、夏、殷、周という三代にひけをとらぬ王朝になるために、帝道と王道を
説いたのだが、そんな悠長な道を進むことを君はお選びにならず、一代で天下に
名を顕すことをお望みになった。すなわちそれは、徳において、君は殷と周の聖
王におよばないということです」といった。 .
覇者ではなく王者にならなければ、その王朝は永続しないことを公孫鞅は知って
いる。理想を持つ王朝を目的しかもたない王朝に貶とさなければならない哀しみ
を、公孫鞅は感じたといえるであろう。 .
「戦国名臣列伝」 宮城谷昌光
怖がって生きるのも一生。安心して生きるのも一生。少々何があろうとも、安心して
いるという修養を、自分もまた努力して己に課さなければならないと憲太郎は思った。
安心しているということは、能天気に油断しているというのはまったく違う。物事に
賢く対処し、注意をはらい、生きることに努力しながら、しかも根底では安心してい
る・・・・・。そういう人間であろうと絶えず己に言い聞かせることだ・・・・・。
「草原の椅子」 宮本輝
「・・死ぬか生きるか、命のやりとりをする様な維新の志士の如き烈しい精神で
文学をやって見たい」という烈しさは、終生漱石の心を去ることがなかった .
漱石の文学 江藤淳